抗体薬物複合体(ADC)の市場が拡大しつつあります。直近1年で、第一三共の抗HER2 ADC「エンハーツ」など4剤が承認され、米ギリアドと米メルクが買収や提携で参入し、プレイヤーも増加。近い将来、市場は1兆円規模に拡大するとの予測もあり、競争が激化しています。
ギリアドが2.2兆円買収 ADCで固形がんに参入
米ギリアド・サイエンシズは9月13日、米イミュノメディクスを210億ドル(約2兆2260億円)で買収すると発表しました。買収は年末までに完了する見通しで、ギリアドは転移性トリプルネガティブ乳がん治療薬の抗TROP2抗体薬物複合体(ADC)「Trodelvy」(一般名・sacituzumab govitecan)を獲得。固形がんの領域に参入します。
同薬は今年5月に米国で発売。欧州では来年上期の申請を目指しており、今後、ギリアドの販売基盤を通じて日本などでも展開する方針です。転移性トリプルネガティブ乳がんを対象に行われた臨床第3相(P3)試験では、化学療法と比べて全生存期間を5カ月以上延長。ホルモン受容体陽性/HER2陰性の乳がんや尿路上皮がんでもP3試験を進行中で、PARP阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬との併用療法でも開発が行われています。
今回のディールは、イミュノメディクスの発行済み全株式を1株あたり88ドルで取得するもので、これは買収発表前(9月11日)の株価に108%のプレミアを加えた額。ギリアドにとっては、12年のファーマセット買収(112億ドル)や17年のカイトファーマ買収(119億ドル)を大きく上回ります。
ギリアドはカイト買収でがんに対する細胞療法のパイプラインを手に入れ、17年にCAR-T細胞療法「Yescarta」、20年7月に同「Tecartus」の承認を取得。さらに、ここ2年ほどは、細胞療法に続くがん領域のパイプライン拡充に向け、特にがん免疫療法に用いる抗体医薬を中心に、新薬候補の獲得に力を入れています。
今年4月には、抗CD47抗体magrolimabを有する米フォーティー・セブン を約49億ドルで買収。同薬は米国で骨髄異形成症候群を対象にブレークスルーセラピーに指定されており、P3試験を実施中です。7月にも米アーカス・バイオサイエンス と10年にわたる提携を結び、抗PD-1抗体zimberelimabなど同社パイプラインへの幅広いアクセスを確保。買収や導入のオプション権を持つ新薬候補を含めると、この2年間で10品目がパイプラインに加わりました。
第一三共「DS-1062」でもアストラゼネカとタッグ
ADCをがん領域の柱にしている第一三共も、取り組みを加速させています。
第一三共は今年、日本と米国で抗HER2 ADC「エンハーツ」(トラスツズマブ デルクステカン)をHER2陽性乳がんの治療薬として発売。欧州でも7月に申請を行いました。ほかにも、胃がん(日本で9月に承認)や非小細胞肺がん、大腸がんなどを対象に、英アストラゼネカの抗PD-L1抗体「イミフィンジ」との併用療法も含めた複数の臨床試験を進めています。
第一三共とアストラゼネカは昨年、エンハーツの開発・販売でグローバルな戦略提携を締結。さらに今年7月には、抗TROP2 ADC「DS-1062」でも同様の提携を結びました。DS-1062については「自社単独での販売も選択肢にあった」(眞鍋淳CEO)といいますが、後に続くADCの開発が順調に進んでいることや、競合となるTrodelvyが発売されたことを踏まえて提携を選択。がん領域に強いアストラゼネカを引き入れることで、開発の加速と適応の拡大を目指し、先行するTrodelvyとベストインクラスを争います。
米メルクはシアトル・ジェネティクスと提携
ADCは次世代の抗体医薬として世界中で研究開発が活発に行われており、現在、グローバルで290を超える薬剤が開発中。世界市場も拡大が見込まれており、2026年までに130億ドルに達するとの予測もあります。これを牽引するのが、すでに承認済みの10のADCです。
直近1年では、Trodelvyとエンハーツのほか、アステラス製薬の抗ネクチン4ADC「Padcev」(enfortumab vedotin)が米国で、英グラクソ・スミスクライン(GSK)の抗BCMA ADC「Blenrep」(belantamab mafodotin)が米欧で承認。初の抗BCMA療法として注目されるBlenrepは、米シアトル・ジェネティクスのリンカー技術と、協和キリン米子会社BioWaの抗体技術を使って開発されました。
シアトル・ジェネティクスはADC技術をリードする企業で、武田薬品工業と「アドセトリス」(ブレンツキシマブ ベドチン)を、アステラス製薬とPadcevを共同開発。デンマーク・ジェンマブとも抗TF ADC tisotumab vedotinを開発しているほか、GSKやスイス・ロシュにも技術導出しています。
米メルクとも今年9月、抗LIV-1 ADCのladiratuzumab vedotinを共同で開発・販売する戦略的提携を結びました。同薬は現在、トリプルネガティブ乳がんや固形がんでP2試験を実施中。第一三共―アストラゼネカ陣営と同様に、自社パイプラインとのシナジーを狙っており、メルクの抗PD-1抗体「キイトルーダ」との併用療法を含め、開発を両社で推進します。両社はHER2阻害薬「Tukysa」(tucatinib)の共同開発でも提携しており、メルクは株式投資と併せて最大で45億ドルを支払います。
PolivyやBlenrepなどが日本で開発中
このほか開発段階では、仏サノフィが抗CEACAM5 ADC「SAR408701」のグローバルP3試験(対象は非小細胞肺がん)を実施中。日本では中外製薬が今年6月、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫の適応で「Polivy」(polatuzumab vedotin)を申請しました。BlenrepやPadcevもP3試験が行われています。
ギリアドのダニエル・オデイCEOは、イミュノメディクス買収に関するカンファレンスコールで「ロシュの『カドサイラ』(トラスツズマブ エムタンシン)が出た後、何十というADCが発売されると思っていたが、多くは消えていった」とし、だからこそ「(買収は)臨床データの結果に基づいて決めた」と語りました。技術の進歩でようやく市場を形成しつつあるADC。新たなプレイヤーの参入も含め、今後の動きが注目されます。
(亀田真由)
AnswersNews編集部が製薬企業をレポート